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じゃあヨーロッパ全体では様式はどうなってたの?Vol 2.

2009年03月21日 20:47

ヴィクトリアンのソルトディッシュ

一度中途半端な状態で公開されてしまいました。よろしければ改めてご一読よろしくお願いします。

リバイバル(約1830年~1880年頃)

産業革命と資本主義の確立によって英国が世界の中心に。この時代は英国がその歴史上、もっとも華々しく繁栄したヴィクトリア女王の時代でした。

産業革命による技術の進歩で、それまで人の手に頼っていた技術を機械で、しかも大量に生産することが可能になりました。その結果、ゴシック、ルネッサンス、ロココ等過去の様式が復活することになったのです。また、経済の発展により生み出された多くの新興の中産階級の貪欲な消費の需要を満たすため、大量にモノが生産されました。

この時代のモノの特徴として、一つのモノに様々な様式が同時に存在するということがあげられます。また女王の時代らしく、花柄やスクロールを多用したフェミニンでデコラティヴなデザインが多いのも特徴としてあげられます。

写真は、当店にて販売しているロココスタイルのヴィクトリア時代のソルトディッシュです。興味を持たれた方は、こちらで商品の詳細を見ることができます。


アーツ&クラフト(約1860年~1910年頃)

産業革命による技術の進歩と大量生産は富をもたらしましたが、同時に質の低下もまねいてしまいました。その反動でもう一度中世のゴシックのような手作りによるモノの良さや、作る喜びを見直そうという考えが英国のデザイナーのウィリアム・モリスやライターのラスキン等によって広められました。

アーツ&クラフツの特徴として、素材の良さと美しさを生かすため、装飾を抑えたシンプルな形状や、しばしばアールヌーボーと間違えられる曲線や花のモチーフなどが連続的に配されていることなどがあげられます。


アールヌーボー(約1880年~1914年頃まで)

英国でおこったアーツ&クラフトの運動はヨーロッパ大陸にも拡がっていきました。これがやがて過去の様式の繰り返しをやめて新しい表現スタイルを創造しようという考えに基づいたアールヌーボーという新しい芸術スタイルを生み出すことになりました。

アールヌーボーはフランス語で新しい芸術という意味。パリに1895年オープンした「メゾン・ド・アールヌーボー」というギャラリー(当時の売れっ子だったヴァン・デ・ヴェルデやティファニーの作品を扱っていたギャラリー)の名前がその語源となっています。

植物のつるを思わせる、ムチをひとふりしたようなと形容される曲線がアールヌーボーの特徴です。建築装飾においては鉄という新しい素材を用いて、流れるような曲線を表現することに成功しました。今でもパリの地下鉄の入り口などにその作品を見ることができます。モチーフとしては、流れるような女性の髪の毛やドレス、様式化された花や鳥、昆虫(特にトンボ)などがあげられます。

この時期に活躍した作家として、前出の二人に加えて画家のミュシャ、ガラス作家のエミール・ガレなどがあげられます。

英国ではエドワード七世(エドワーディアン)、ジョージ五世の時代でした。


アールデコ(約1918年~1940年頃)

1918年、ヨーロッパでは第一次世界大戦が終結しました。戦後の復興のため工業の近代化が進められました。その結果今までにないデザイン、形状や素材などが発明されたのがこの時代です。装飾は曲線的なアールヌーボーから、シンプルで直線的なものに変化していきました。

アールデコの時代はファッションに大きな変革があった時代でした。ギャルソンルックという直線的なシルエットの軽快なワンピースが発表され、それまでウェストを締め付けていたコルセットから女性を解放しました。新しいモードは、ピカソやブラック、マティスなどの画家がテキスタイルやドレスのデザインの分野に進出する機会となり、幾何学文様、人間や動物などのパターンや原色使いなど新しく、質の高い装飾がどんどんと生み出されました。

アールデコの時代に流行したパターンとして前出の幾何学文様などに加えて、噴水の水の線、昇る太陽、走る雲や煙、風にたなびく髪などがあげられます。

1919年頃、ドイツでは装飾を極力排除し、機能性を追求した「バウハウス」という様式が起こりますが、これがある意味ヨーロッパにおける装飾文化の一つの終点ということがいえます。第二次世界大戦によりバウハウスのデザイナー達はアメリカ等に逃れ、以後アメリカがデザインの中心となります。

英国では、ジョージ五世、エドワード八世の時代でした。


ざっとですが、ヨーロッパの様式の変遷をみてきました。女性的、男性的、直線的、曲線的等の繰り返しで。「流行は繰り返す」とはよく言ったものだと思います。

新しいモノにも何々風等と昔の様式が取り入れられているので様式やデザイン、パターンからは年代を特定することはできませんが、流れや特徴、歴史的背景を知ることでまた新鮮な気持ちでアンティークを見ることができるのではないかと思います。

英国の様式については、機会を見つけてもう少し詳しくお話したいと思っていますので、その時はどうぞよろしくお願いします。
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じゃあヨーロッパ全体では様式はどうなってたの?Vol 1.

2009年03月09日 14:52

ヨークミンスター

前回は英国のみの様式のお話しでしたが、今回はじゃあヨーロッパ全体では様式はどうだったのか
大まかにですがお話します。それでも少し長くなるので2回にわけてお話します。

ゴシック(約1150年~1625年頃まで)

ヨーロッパでは十字軍の遠征などでキリスト教信仰が高揚。ゴシック様式は12世紀中頃イル・ド・フランスで最初に起こり、フランス、英国、スペイン、イタリア、オランダなど近隣の諸国にその影響が長年に渡り及んでいきました。ゴシック様式は街中の教会の大聖堂を中心として発達しました。

写真は、英国最大のゴシック建築物であるヨークミンスターです。着工から1472年の完成まで、何と250年以上の長きの年月を要した大聖堂です。

ゴシック建築の特徴としては、天高くのびる尖塔を表現するため天井を高く取り、窓を高くできるだけ大きくし、そこにステンドグラスを取り付け建物の内部を明るくしたことがあげられます。

装飾的には、アカンサスや葡萄の葉、唐草、ひし形等のモチーフがよく使われました。

ゴシック後期の1300年頃から1500年終わり頃まで、古典美術指向の強かったイタリアでは比較的ゴシックの影響は少なく、古代ローマの様式の影響を受けたルネッサンス様式が発達しました。
ちなみに英国では、1485年のヘンリー七世の即位からヘンリー八世、メアリー一世、エリザベス一世、ジェームズ一世の治世でした。


バロック(約1620年~1700年頃まで)

バロック様式は17世紀の前半にカトリック信仰の権威を示すため、ローマのサン・ピエトロ大聖堂からはじまったイタリア発の様式。後半にはヨーロッパ諸国の王侯貴族に広がり流行しました。

バロックの由来はポルトガル語のバロッコ(いびつな真珠)で、特徴としては重厚でダイナミック、幻想的で流動的、左右非対称などで、機能性よりも過剰なまでの装飾性のほうに重きがおかれました。

バロック様式の代表的な建築物としては、フランスのベルサイユ宮殿があげられます。

装飾的には、フェストゥーン(花綱飾り)、アカンサスの葉、レース文様等がよく使われました。

ちなみに英国ではこの期間、チャールズ一世、クロムウェル、チャールズ二世、ジェームス二世、ウィリアム&メアリー、ウィリアム三世とめまぐるしく王族や統治者が替っています。


ロココ(約1695年~1760年頃まで)

重商主義政策により国力と王権を強めたフランスが世界の流行の中心に。ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人の趣味が反映されてバロックよりも女性らしく、軽快な装飾が好まれるようになりました。

ロココの由来は、ロカイユというねじれた貝殻。ロカイユの他、紙をやぶいたような装飾のカルトルーシュ、踊るようなアカンサス文様、C型スクロール、アジアとヨーロッパが融合したような奇妙なビザールパターン(綺想文様)、シノワズリー等が特徴です。

英国では、アン女王、ジョージ一世、ショージ二世(ジョージアン初期、中期)の時代になります。


ネオクラシカル(約1760年~1800年頃まで)

18世紀の中頃から古代遺跡が相次いだことで古代ローマやギリシャ美術への関心が高まったことと女性的だったロココ反動からか古代のモチーフを取り入れた直線的でシンプルな装飾が特徴です。
ウェッジウッドのストーンウェアなどにネオクラシカルの装飾の典型的な例を見ることができます。

モチーフとしては、エッグ&ダート(卵と矢じり)、ギローシュ(組紐)、フルーティング(縦の溝)、フェストゥーン(花綱)、メダイヨン、パルメット(やしの一種)の文様などが流行しました。

英国では、ジョージ三世(ジョージアン後期)の時代になります。


アンピール(約1800年~1830年頃まで)

フランス革命後、ナポレオンの登場により美術や装飾にもナポレオンの個人的な趣味が反映されるようになりました。アンピールとはエンパイヤ(帝国)という意味です。

装飾のモチーフとしては、勝利や栄冠をあらわす、月桂樹や王冠、鷲、花綱、竪琴、ナポレオンが好きだったスフィンクスなどのエジプトの要素が取り入れられました。

アンピールは、英国にはリージェンシー、ドイツ、オーストリアへはビーダーマイヤー様式など近隣諸国にも影響を与えました。

英国では、ジョージ三世(ジョージアン後期)、ジョージ四世(リージェンシー)の時代になります。

VOL 1.は、ここまでです。VOL 2に続きます。


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